参禅記 北紺正人

1996年8月20日 三原駅着
 人もまばらな呉線ホームで、これから一週間はお酒は飲めないと思い忠海までのキップを手にしたままカンビールの栓を抜く。しかし口をつけただけで飲めない。事にあたっての儀式の様なものだった。

 坐禅を決意させたのは、自分の心の中の邪魔な、要らない物を何とか退治したかった。その邪魔物を退治しないと、この先一歩も前に進めない自分自身を感じていた。
 瀬戸内を背に少林窟道場の山門をくぐる。
 そして緊張のまま、最初に通された相見の間での井上希道老師からのいきなりのお言葉が「なんとひどい顔をしたやつがやって来たな。こりゃ今の君じゃ坐禅にならん。今の君は何もせんでも頭が疲れる。起きていても眠っている。眠っていても起きている。」
「とにかく休みなさい。頭の中を休めなさい。でないと発狂するかもしれん。そんな時は直ちに私の所へ来なさい。」
「こりゃかなり苦しむぞ、百年かかるかもしれん。」
 そして一段と厳しく。
「わしの言った通りに出来るか。わしを信じ切れるか。」と迫る。
 私は「はい。」と返事するしかなかった。
   ‥‥‥すでに心の中は片道キップだった。

 いま考えると【発狂】するかもしれんと言うのは。一般に私達はある事柄でいくら悩み苦しもうが、それを適当にごまかす事をする。たとえばテレビを見たり、酒を飲んだり、または『これも定め』と、とりあえず解釈をして時に身を任せ『時がすべてを解決するんだ』と、自分自身に言い聞かせる行為をする。だけどここでは【ごまかし】は一切効かない。坐禅中は基より寝ている時も起きている時も食事中もトイレにいても、とことんまで自分を追い詰めてしまう。逃げ場のないぎりぎりの状態が続く。
 また老師には何故分かるのだろう。
【起きていても眠っている、眠っていても起きている】
 確かに私は浅い眠りしか取れないでいる。しかも追い詰められた様な不安と恐怖が潜在意識と化し、現実と夢との区別がつかないまま、重い頭で其の日一日を引きずる。
 故に、心が眠ったまま浮遊していたのだろうか。そう思うと私は少年の頃の思い出がない。子供の頃の記憶がほとんど無い。友達はいたのか。何して遊んだのか。夏休みはどうだったのか。あれは眠りの中での出来事だったのだろうか。その後も欠落した記憶の時代が幾つかある。  
 ひとしきりの作法をお弟子さんからお聞きしたあと、慣れない着物と袴を身に付け緊張のまま禅堂へと向かう。どれ程の時間座っていただろうか。しだいに妄想と幻覚と言うものなのか、開けた眼の中に砂漠が広がる。こわくてとても眼を閉じる事などできない。壁の染みが人の顔となり、ガラスに映る木の陰がエイリアンに見えてくる。最後には無数のミミズ大の蛇が私の頭の中を食い荒らす。恐怖のあまり金縛り状態のまま訳が分からなくなって行く。頭がボーとして行く。しばらくその状態でいたんだろうか、突然「バカモン何をボーとしておる。ただちに眠りなさい。」と一喝。
 横になっても更に地獄は続く。眠っているのか起きているのかさえ分からなくなる。夕食はカレーとスイカだった事は覚えている。
 ‥‥‥何もわからないまま食べた。

 2日目。落ち着くどころか、どうにも成らない自分を感じる。
 口の中にある食べ物をそのままにして、次に気がいっているとひどく叱られた。毎日の生活の中で今日何をいつ食べたかも覚えていない自分だった。
 ‥‥‥泣いてしまった。
 扉の閉め方。歩き方。茶碗の持ち方。箸の使い方。咬み方すべてに注意を払う。その上、考えるなと言っても考えてしまう。もう限界、どうにも成らない。おかしく成りそうな自分自身から身を守るには老師を信じるしか手はない。私は言われた通りに何も考えずに、一呼吸に徹して腰をひねる。その繰り返し、只、ただその繰り返し。それしかなかった。もうぎりぎりの状態だった。

3日目。まだ何一つ見えて来ない。その手掛かりすらも見えない。ただ仕事の事や家族の事は頭に浮かんで来なくなっていた。

 夜の禅堂にて。
 この静寂さの中での虫の声。神秘的であり何かに包まれている様な感覚を覚える。宇宙の呼吸(空の声)を感じる。呼吸が楽になりリラックスできる。夕食後に少しではあるが眠ったのが良かったのかも知れない。ここへ来て初めてぐっすり眠れた。しかも寝起きにもかかわらず頭がはっきりしている。起きている実感がある。
 この宇宙の営みの中では、こんな小さな一人の人間が起きていようが眠っていようが、そんなもの問題ではないと思った。地球上の1/3の人はいつも眠っている事実があるじゃないかと思った。
 一心に、ただ一呼吸に徹する。腰をひねり何も考えず吸って吐いて吸って吐いてを繰り返す。ただ一息に成り切る。一瞬、自分の名前すらも忘れてしまったように思った。名もない姓もない自分がいた。私は一心に吸って吐いて吸って吐いてを繰り返す。一瞬、一瞬がその時で完結する。そしてその繰り返しが時を刻んでいく。
 どれほどの一瞬を重ねたのか。息を吐き切って次の一息を吸い始めた瞬間、両方の眼からどっと涙が出ている。袴の上にポタポタ落ちている。
 どうしてだろう。どうして涙が溢れ出すのか。訳が分からなかった。
 それは息を吸い切った時に気がついた。
 【もしこの一呼吸ができなかったら自分は死んでいた】
 つまり生かされいる。眠っていても起きていても、人は人としてこうして呼吸して生きている。蝉はないているから蝉として生きている。なくのをやめたら蝉は蝉として死んで行く。蝉は蝉であり人は人。草は草であり鳥は鳥である。理屈じゃないそこには【それ】でしかない真実がある。
 そのあとは坐禅にならなかった。

 4日目夕刻。呼吸も落ち着きリラックスして坐禅できる。
 何んだかとても優しい気持ちになれる。その事がとてもうれしくなる。うれしくなると回りをよく見たくなる。するとどうだろう、よく見える。何もかも鮮明に見えてくる。【いい、いい、みんないいぞ】と、思えてくる。廊下のきしみの音も、隣りの方の咳き込みも気にならない。只の音、今の音だ。眼に写るすべての【それ】が今この瞬間ここにある。只それだけだ。頭の中に要らぬ雑念が出て来てもすぐに消える。それよりも雑念さん幾らでもいらっしゃいと言った心の中に変わる。今、この一瞬、一瞬の中で目で見て、耳で聞いて、全身で感じているものに比べると、そんな雑念など、たかがしれている。重要でない。今が鮮明にはっきりと見える。座っても良し歩いても良し。
 夕食中、老師から「今、自分が何をやっとるか良く見えて来たじゃろう。」と声を掛けられる。「梅干しはどんな味じゃった」と突然切り出してくる。
 私はただ梅干しを食べるだけだった。
 その夜からは食事の後片付けをさせて頂ける事になった。

 4日目夜。二つの発見があった。
 一つは坐禅中『ニャーオ』と猫のなき声を耳にした。ほんの一瞬の幸せを感じた。次の瞬間にはもうない一瞬の出来事である。今の虫の音(ミーミー)汽笛の音(ボーボー)電車の音(ゴトンゴトン)は、終わってしまった先程のミーミーでもボーボーでもゴトンゴトンでもない。今の一瞬の音として存在している。
 二つ目は坐禅中、息を吸い切って吐く前の瞬間ゲップが出た。先程頂いたおかずの味がした。何かとてもおかしくなって笑ってしまった。今のこのゲップ(結果)は、先程のひと咬み(原因)があって今のこのゲップがある。つまり【原因と結果。原因と結果】と継続した一瞬、一瞬の連続の中に自分がこうして呼吸して生かされている真実がある。

 5日目。異国の僧侶の結婚の儀。それに参列している自分があった。
 草木に雨垂れが残る参道の石段を下り勝運寺本堂へ向かう。同じ少林窟でわずか5日のご縁の中で、しかもその方の人生の節目に、こうやって私自身の心が安定した状態で参列している。初めて眼に写るもの耳にするものに何か限りなく透き通った崇高な【気】を感じる。この気の中で、この一瞬の中で、同じ時を刻む事ができる自分があった。

 5日目夕刻。まさかお酒を飲めるとは。
 お二人の祝いと、皆さんの日頃の労と、私達の中間慰労を兼ねての宴会の席が準備されていた。老師の奥様、ご子息、娘様、お弟子さん3名を始めとし、以前より修行中の4名の方、私達3名、そしてご友人の方々総勢25名が宴席を囲む。
 老師より「今日は皆さん、しっかりと食べ、しっかりとお呑みなさい。」と、お言葉を頂く。何度も乾杯を交わし各人がスピーチする事となる。私はゲップの話と猫の話をした。一人の方が「貴方の言っている事はここに居る皆はよーくわかっているよ。」と言って下さった。そして最高の笑顔で私に拍手して下さった。上山してろくにお話しもしていない方や初めてお会いする方ばかりなのに、こんなにも素直にうちとけて呑めるお酒は今までなかった。生涯忘れる事はない。
 この一瞬に、今宵に乾杯。宴会はその後、深夜一時まで続いた。

 6日目。少しお酒が残っている。
 午前中ゆったりとした時間を過ごしたあと老師より「皆、このあともう一度からだを休めてから坐禅しなさい。長くとも1時間位じゃろう。ひたすら一呼吸に徹し、しっかりと腰をひねりなさい。命がけで取り組みなさい。」と、命ぜらる。

 昼下がり。もう皆さん始められている。
 私も一心に、只一呼吸に徹し腰をひねった。
 幾らかの時間が過ぎた頃。ふと、お弟子さんを始めとし、何度も坐禅に来られている方、異国から修行に来られている方、初めて上山した方、みんながこうして同じこの禅堂で同じ呼吸をし、同じ時を刻んでいる。この時、私もここの【一員】なんだと初めて思った。
 もっと大きく捕らえると。私もこの惑星のこの宇宙の一員として、人も鳥も木も花も命ちある全ての者が共にこうして呼吸している。光も風も水も土もこの地上の、この宇宙の恵みからなる。太陽があるから光がある。物があるから影がある。
 コンクリートにしても、ガソリンにしても、鉄にしても、核エネルギーにしても、そこに落ちているビニールにしても、全ては自然の恵みを人がそれに手を加えただけの物。しかし時として人は、その使い方を誤る。殺傷兵器に使い人の命を絶ち、空と海この地を犯す。この地の恵みに気づかずに森を消滅させ河を汚す。石油は石油であり、もともとは自然の恵みからなるもの。決して海面に漂うものでない。人が出したゴミはゴミであり、人への役目を終えたゴミは無秩序に捨てられるものでない。つまりここにいてはいけない物が、ここにある事が問題である。
 だけど人はそれを悔い改め、何の工夫もしないまま同じ過ちを何度も繰り返している。
 深夜。手が無くなった。
 先程まで痛かった腰と足も無くなっている。脈動すら分からなくなる。確かに無くなっている。手を合わせて初めて感覚が戻る。暖かい感覚だけが残る。今、坐禅していることがとても気持ちいい。こんなに気持ちいい感覚は今まで知らなかった。初めてだ。私は自分の肉体と魂が浮遊している様な感覚をしばらく楽しんでいた。

7日目朝。下山を許された。
 私は心底から感謝の気持ちで一杯になった。もちろん老師を始めお弟子さんお世話になった方々に対してである。
 そして、もう私の心の中は、やっと帰りのキップを手にすることができたと言う喜びは無かった。むしろ、やっと坐禅が気持ち良くも楽しくも思えて来たばかりなのに。きっとあの辺りが悟りへの入り口付近かなと思える様に成ったばかりなのだから。
 
 7日目午後。老師の指示にしたがい軽装で駐車場に行く。
 今日、下山される方と私への老師からのプレゼントとの事。むぎわら帽と少し重い荷物を手に、老師の少し荒っぽいが、はっきりとした運転で深緑の風の中を白滝山に到着した。
 老師はこの山道をまるで独占されているようだ。何箇所か山頂に通じる道を封鎖している。そこで私に鍵を手渡される。
 少し昇り、山頂の一枚岩からは瀬戸内の島々が一望できる。遠くに空港も望める360度、隔てるものは何もない。これを言葉にするから無理がある。只、ただ美しいと思えばそれで良い。老師はこの美しい大自然さえも、いつも独占されているか。いや今は私達と共有している。何と贅沢なことだ。そして先程の荷物を取り出す。カンビールだった。9本もある。さらにお摘まみも出て来た。さっそく3人で乾杯。何度も乾杯した。
 こんなに素直で透き通った心になり、こんなにも美しい大自然を3人で独占している。これ程の贅沢があるだろうか。いくらお金を出しても素直な心は買えない。いくら贅沢な海外旅行をしても透き通った心でないと、眼に写るもの耳にするものは濁ってしまう。
 帰り道「今度はあんた達を岩風呂に連れていっちゃるからな。」と言って下さった。
 8日目下山の日。雨。
 朝、とても透明感のある坐禅ができた。一週間いた部屋の畳みを拭く。素直に体が動く。洗い物は乾きそうもないので取り込みをお願いしておく。ご挨拶に相間の間に入り、老師から玉露を頂く。
 作法が分からないでいる私に、「あなたの心が作法だよ。」と言って下さる。
 皆様へのお礼の言葉が見つからない。言葉にするから無理がある。
 私は「また来ます」「また来ます」だけを下山の言葉にした。

爽やかな呼吸で胸を一杯にし、手を合わせたまま少林窟から列車の時へと進んでいった。

   合 掌
   1996年 9月10日 記    北 紺 正 人

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