我が坐禅修行記 野宮章平

4月20日。J君、京都へ旅立った。彼が小生に残していったもの。
「禅」「修行」「見性」「残された生を如何に生きるか」・・・etc.
山田無文老師、中川宗淵老師、山本玄峰老師、西田天香師・・・昔々買った本を取り出す。横尾忠則、松原哲明、そして既に忘却の彼方にあった浜松の竜泉寺の体験。井上義衍老師。昭和55年10月。あの頃の意味が今うっすら甦る。
もしJ君の帰省がなかったらこの世界に立ち戻る事は無かっただろう。多分。とりわけ宗淵老師の事、三島・龍沢寺の事をもっと知りたい。「禅文化」のBNを集める。

  4月30日。京都天龍僧堂のJ君から電話あり。明日から接心が始まると。
「先生すごい本あります。是非読んで下さい。」と。
それが井上希道師の『坐禅はこうするのだ』だった。
東京の弟に電話をいれ大至急この本を送って欲しい旨伝える。この本も地湧社とは因縁めいている。

  5月7日。弟より本送ってくる。一気呵成に読了。ぼーとしてしまう。
「これだ!」と実感す。

  5月8日。少林窟道場へお電話いれる。希道師が出られ『参禅記』を注文する。義衍老師とのご関係を伺うと「叔父である」ということだった。竜泉寺のこと話すと「どれくらい」と、鋭い質問をうけた。こわもての印象うける。
人のいい愛想のいい人だったらこんな本は書けまい。すぐFAXをながす。
「いつの日か少林窟を訪ねたい」と書く。

  5月10日。少林窟道場より『参禅記』2冊送本。墨字のどっしりした書体。電話の事など何も触れず一枚の振替用紙のみ。「いつでも参禅にきてください」などと優しい事が書いてあると思い込んでいた気分粉砕。厳しさと本物という実感あり。

  5月11日。上巻読了。J君に手紙投函す。

  5月13日。下巻読了。言葉。説明。見聞覚知。只今のみ。瞬間の今。

  5月16日。再読。

  5月20日。J君より電話あり。因島行きの折、少林窟道場行き伝える。

  6月6日。大阪船場仕入れ。尾道泊

  6月7日。朝。忠海駅から道場へ電話。浅田居士?らしき人。「老師は夜でないと帰らない。明日から海外へ」と。電話約束しなかった罰。このまま帰る訳にいかないと強引に粘る。別の人が出て、とにかく道場を拝見したいと。駅から道順を聴き歩く。5分も歩くとお寺があった。
茶色の作務衣を着た人が出迎えて下さった。「永岡です」「あ、あの参禅記の・・・」自己紹介して道場へ。
想像以上に狭い建物。台所横の部屋へ。四弘誓願が目に入る。お茶を容れて下さる。
学習塾をしている事。できれば8月下旬一週間参禅したい旨伝える。大阪で買ったお土産を渡す。禅堂、小庭など拝見。駅までの道をご一諸する。老師に会えなくて残念の気持ちとこれでよかったという気持ち半々。
永岡氏は穏やかな優しい人であった。昭和11年生まれ61才の先輩。書道用具ながおか経営者。広島の人。
この日、尾道へ戻り、因島行きのバスに乗り講演会場へ、大出氏にあい今江祥智の講演。4:30過ぎ尾道から京都へ。銀座堂探す。ぐったり疲れた。

  6月8日朝、妙心寺か天龍寺へ行こうと京都駅に着いたらその気失せ高山へ。11:00駅着。

  6月10日朝4:00起床。9:30まで机の配置替え。MACの専用回路にする。気分一心。

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回想・・・・・

    日記より

3月21日。J君から「禅堂生活」(島田春浦)秋月龍眠選禅書復刻シリーズ(平河出版)と「フォトマンダラ祥福寺僧堂」(河野太通・佼正出版)の2冊借りる。禅堂生活おもしろい。

3月29日。山田無文老師の「我が精神のふるさと」借り感銘す。翌日MACの打ち込みしていると、遠藤周作の対談集「こころの不思議」の中に平田精耕師との対談見つける。この人は、天龍僧堂の師家である。

4月2日。「生きる喜び」(サイマル)「悠悠烈烈」(PHP)「生きる」(東方)などの書から所謂高僧伝を読む。中川宗淵師、内山興正師のものに注目す。

4月3日。雑誌「遊」(特集仏教する)のなかに松原泰道師の托鉢の話があった。宗淵老師が女の子が差し出した小石を合掌して受け取るという話だった。この小石は単なる小石でなく菩堤心のある小石だと。この小話に感動してしまった。

4月4日。田中維之君、「明日高野山へ帰る」と店に来る。J君も来。感動的な托鉢の話をする。

4月5日朝、店の前に何と妙心寺僧堂の雲水が、托鉢に来ているではないか。これはどういう事だろう? 早速J君に電話す。

4月7日。英蔵に松原哲明師の「燃えつきて今・・・」送本依頼。

4月8日。金沢の文学堂より古書6冊来る。山田無文VS水上勉「末世を生きる」、原田祖岳老師「白隠禅師坐禅講話」、中村元解説の「禅問答48章」、田中忠雄の「禅人禅語」etc.。

4月11日。山田無文老師の「自己を見つめる(ほんとうの自分とは何か)」読了す。とても解りやすい本だった。この前後「回想 山本玄峰」(春秋社)この人もすごい魅力溢れる禅僧である。哲明師の「WHY NOT BURN! なぜ燃えつきないのか」読了す。
上師は仇につく、中師は恩につく、下師は勢につくの言葉の含蓄さ。

4月18日。「禅文化」のBNもらう。

4月19日。原田雪渓師「The 禅」(柏樹社)、「博多祥福寺開山800年」のビデオ借りる。

4月20日。雲水姿で別れに来る。涙腺がゆるむ。この日、京都禅文化研へ「坐禅のすすめ」注文。

4月21日。柏樹社へ出版目録注文。

4月23日。三田の龍源寺より、哲明師の本リストくる。「遊」のBNみていたら南無の会の広告あり。水書坊へカタログ依頼。

4月24日。「坐禅のすすめ」と「禅文化」156号「禅宗経典」くる。

4月26日柏樹社と水書坊より目録くる。その中に漠然と日頃考えていた事がそっくり載っていた。これは何かの啓示であろうか?「庵住期構想会」伊藤真愚先生。

4月27日。三洋堂で「禅の智恵」購入。

4月28日平田書店の奥さん「臨済録」届けてくれる。J君からのプレゼントなり。ホラー小説の大傑作 STEPHEN KING の「IT」読了。

4月30日。えるく書房より「あるがままの世界」(仏教と森田療法)と「講座 禅 第4巻 禅の歴史」くる。

そしてJ君から『坐禅はこうするのだ』を紹介された。

5月8日。水書房へ南無の会カセット注文。三田龍源寺へ本注文。

5月15日。「禅文化」100号、123号(三島龍沢寺)来る。

5月17日。「庵住期研」より会員案内来て6/29に横山先生と托鉢行とあるではないか! こんな偶然が続くものか!

5月20日。J君より電話あり。

5月21日。庵住期構想研に申込。托鉢行は満員とか。

5月24日。龍沢寺・中川球童師あて手紙。「宗淵老師の本手に入らないか」と。高山・善応寺へ参禅したい旨電話。6/7に出て欲しいと。

5月29日。たくま書房、龍沢寺、J君より連絡あり。蚤の市交換会に「三宝寺誌」出品される。

5月30日。禅文化より「心経・四弘誓願」のカセットくる。併せて長岡禅塾の案内と、「禅画報」のBN紹介あり。電話したが無いもの多々あり。

5月31日。中村恵氏に電話。柏樹社もの注文。彼の最初の参禅は、あの加藤耕山老師だと。

6月4日。「禅画報」来る・・・・・

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  6月11日(水)7:15起床。片付いた居間。本の処分。坐禅に取り組む事。希道老師の本再再読しつつ。6ヵ月間。50才の前にしっかりつかむ事。一瞬一瞬を大切に。煙草もやめられるかも? 気分爽快。MACもいい調子。
着眼を定める。禅の急所をつかむ。今に徹する。「普勧坐禅儀」の「心意識の運転をやめ、念想観の測量をやめ」る事が出来るか?

眼耳鼻舌身意は色声香味即法として瞬間の今のみに自由自在に機能している。ここに着眼する。無性無我である。
具体的に一点に集中注意。
速度を十分の一に落とす。
今の一呼吸を守れ。
「自己を習うというは自己を忘るるなり」
一呼吸に成りきって自己を忘れる事。
自己を忘れてその物に成りきる。
認識判断をしない。
一瞬の今は、すべてを超越した世界。

公案は煩悩を治める道具。疑問を起こさせ我見を出させる。一旦、言葉が優先したら、ああでもないこうでもないところんで行く。拡散し続ける癖を破るための道具。従って公案自体になり切っていく事。
「火はどうして冷たいのだ」という公案。理解を越えている。分からないということである。わからないからその物に問う。言葉が出る以前にぱっと手が出て、火そのものの実体を確かめること。
観念の余地なく自己を捨てたところが要点である。
つまり、今、その物に直接参ずることを即今底という。
冷たいとか熱いとかは言葉に過ぎない。言葉の届かない世界、無分別の世界、無理解の世界を窮めていくことが仏道修行であり、解脱への道なのである。

  6月12日(木)6:05起床。快晴。店より荷3個運んで検品。朝食の後MACに向かう。
この気分の爽快さは希道師3部作の読書によるものなり。こういう体験は誠に得難いもの。
昼、京都の千真工芸より電話あり、「禅画報」17号飯田とう隠老師在庫有りと。即注文。

第2話 拡散を治め即念に帰る方法。修行とは実行。一呼吸が只出来るように。満身の呼吸。
理解の世界ではない。ここの修行は一瞬に成り切ること。疲労を蓄積させないこと。体を左右にねじる事。30分間隔で経行することを義務づけること。坐禅の目的は解脱であり、悟ることである。着眼の急所。「確かに一呼吸に成り切ればよいのだ」という理解。呼吸に任せて我を忘れきればそれで良い。
”今していることのみ”今していることに成り切り、隙なくやるのだ。十分の一の速度で、ゆっくり、はっきりそのことを見失うことなくやりきるのだ。
ひたすら一点に心を定める努力。
一呼吸と言えば特別のような感じがするが、そうではない。
すでにしてるのだから、殊更にするものではない。
本当に体得したいという求道心、師への信頼、法への絶対信。

  6月13日(金)
 夕方、少林窟道場へお電話いれる。女性の方が出られ老師は明日帰られると。

第2話 自分の疑問を正直に吐露せよ。絶えず「これで本当にいいのか?」という疑団を。
言葉で概念を用いている内は未だその物と隔たっている。その物自体ではないということ。
「修行はただ、自己を窮めるだけ」
「坐禅の秘訣は、どんな事が心に出てきても徹底捨て切るということ。心に何も持たない。認めないということ」
「修行も人生も、仏法も命も、真理も現実も、今その物自体で、しかも何も無いのです」
「その物自体には理屈も自我も何も無い脱落の当体全是。何も無い。だからこちらが何も無くなれば、自ずからその物と融合して自己が溶けて落ちる」
「これが空の体得」
「日常自体が空だ。空とは、本当の瞬間のこと。瞬間の体得以外に空に目覚める道はない」
「修行の初期条件・・・真に只見る。見るという意識もあってはならない。」
「歩行においても、歩行そのもの。他の念、想、観といった心的作用を一切加えないこと。その歩行の事実だけを完全に意識下にて見守り切る。そのためには、速度を十分の一に落として凝視」
 
  6月14日(土)快晴。梅雨入りの後晴天が続く。保木さん宅届け物持って訪問。
 京都の千真工芸より「禅画報」第17号(平成3年9月1日発行)飯田とう隠老師特集が送られてきた。この今の時期に。これぞ法縁なり。貪るようにして読む。書の凄さ。高槻・少林窟道場のこと、原田祖岳老師のこと、など詳しく知る。

「今、事実は一瞬でしかない」
「今に成り切る」
「今 自己に催している機能に徹すれば、それが自己の本来なのだ」
「食事の時は今していることに徹してやる」

  6月15日(日)晴れ、東小学校行き。修学旅行のビデオ、高山市民吹奏楽団の演奏。保木さん夫婦来店。昔の水筒をあげる。

単調さ。素直さ。鋭さ。こだわりなさ。
「そのものずばりには理屈はない」
「脱落とか無我とか三昧とか仏法とかいうものは、時間も空間も無いのだ。何も無いからその時その場の縁のみにして、一瞬のものでしかない。」
「無我とは、認識する主体自体を超越することであり、主体とすべきものが初めから無いという一瞬の心の様子の体得なのである。」
「修行とは一瞬の油断なく努力すること。本当に一心に成って無いからすぐ観念を用い、分別して言葉が走り回るのだ」
「海水の仏法とは?」
「一滴を持って四海を知る」
「事実の今に目覚めるには、念想観を越え言葉を忘れなければならない」
「どうして?」は分別を引き起こしやすい引っ掛け言葉。
「すべて答えは手元にあり、その物自体」

  6月16日(月)深夜2:26起床。昨夜は父の日。たった一杯のビールと心を尽くした御馳走で酔っ払い、8:30に床に就く。疲れたら眠る。それだけ。

第四話。「道の人とは、今、我見を捨てて単調に只あるよう努力している人のこと、相手と対立する余分なものがないので、何時でも誰とでも隔てなく気持ちよく抵抗無くさらさらとやれる。無我の働きである」
「ところが自己をたててしまうと、同時に相手が出現する。こんな心では既に構えて対立しているので、外見では結構な修行者に見えても絶対に本来の坐禅修行にはならない。」
「味はどっから来る?」
「それがその味だ。考えたり、知識があったりして分かるものではない。味とは舌と食べ物との縁なのだ。その時限りのそれでしかない。その外になにもない。その事実に本当に一体になって言葉を忘れ自分を忘れて行くのが修行」
「今している事以外に知るべきものは何もない。」
「自分のしている事から心を離してはならぬ。」
「疑問とは念想観であり、その物以外の有りもしない空想の世界に向かって他に何か別の尊いものが有りそうに思う事から始まる。つまり、今瞬間の事実自体から離れている事が原因なのだ。根本に在ればそれがそれだという事に疑問など持てないのだ。」
「歩いている者は何者だ?」
「体自体が起居動作、歩行走行、見聞覚知の機能を具え持っている。その時その縁に従ってそれぞれの作用が自然に発露するだけである。理屈を捨て縁に任せると、心無くさらさらと只さらさらと流れていくのは、本来こうした自然の機能であり脱落しているからだ」
「手を用いずにこのお茶を飲みなさい」
「今その事に只存るかどうか、雑念に遊んで居るか居ないか」

  この書は革命的な参禅の書である。
師の立場から修行の有様を克明に記した書は皆無であった。
芸州忠海に少林窟道場存り。飯田とう隠老師の法脈を守っている道場である。
参禅修行の要・着眼を明確に教えている。しかも何と一週間で雑念を解消させるという。
涙あり笑いあり、希道老師の人柄が手にとるように分かる書である。
的確な言葉選び、当意即妙、酒脱な言い回し。ビンタもしばしば。愛情溢れる厳しさ・・・。
今、NHKで「心の時代」を放送している。金沢大乗寺 板橋興宗師「足の裏で歩め」。ダビングする。
 
  6月17日(火)快晴。今朝4:00前に起床 NHKラジオ「人生を3倍楽しく生きる」の放送。伊藤真愚先生。「参禅記」上巻再読

  6月18日(水)東京みずほ書房へ「禅友に与うる書」5500円注文す。
少林窟道場へお電話。またも不在。21日まで留守との事

  6月20日(金)高山図書館行き。初めて本を借りる。
        「無明」松原哲明  光風出版 S.55.6.1
        「仏のこころ人のこころ」松原泰道編 光風出版 S.55.6.1
              執筆 金岡秀友・紀野一義・高田好胤・松原哲明
        「禅入門」公案三十三則 秋月龍民  潮文社S.47.3.1
        「覚の宗教」久松真一VS八木誠一対話 春秋社 S.55.2.20

  6月21日(土)飯田とう隠老師の「禅友に与うる書」届く。

  6月22日(日)京都のJ君より電話あり。Home Page で少林窟へ行ってきた由。
6/28の奈良托鉢行の案内が来ているのだが今ひとつ踏ん切りがつかない。横山先生、伊藤真愚先生にお会いしたいがその CHANCE はいずれ来ることだろう。

  6月23日(月)頭がいたい。めずらしい事

  6月24日(火)睡眠たっぷり。古本ZEROにて3冊購入325円也。
         1。「道元の読み方」栗田勇 祥伝社NON BOOK
         2。「鈴木大拙に学ぶ 禅の智恵」志村武 三笠書房知的生きかた文庫
         3。「食えなんだら食うな」関大徹    三笠書房知的生きかた文庫
関さんの本は昨夜MAC雑誌の打ち込み作業中目に止まった本なり。こういう偶然が面白い。
6:15塾へ出る。7:10分頃4回目の電話。希道老師が出られる。
8月参禅の希望を伝える。「お引き受けしましょう」と言われる。
賽は投げられた。
8月18日(月)忠海行き決定。今日から一日一日を大事に過ごすこと。

真なる自己に問う。
「参禅の目的は何か?」
「本来の自己の究明なり」
「本来の自己とは?」
「究極の自己。ある時は、菩薩のごとく、ある時はエゴの塊となる己本来の元を質したい事なり」
「何故に禅なりや?」
「ヨガ、瞑想では解決出来なかったこと。即ち溢れて止まない妄想雑念の処理が禅によって解決出来そうに思えるから」
「何故に少林窟道場で?」
「『坐禅はこうするのだ』の読書体験に因るものなり。希道老師は飯田とう隠老師直系の禅者なり。井上義衍老師の甥でもある。厳しい人なれど厳しいが故の優しさ溢れる老師なり。3冊の参禅記から学びしもの多大なり。」
「今の心境は?」
「過度の期待はしない。求める事もしない。真剣に坐禅をしたい。只それだけである。50才を前にして我がREBENNを再検証すべし。我が人生のTHEMAを明確にすべし。一点突破全面展開なりし。
師を願う。先生ではない師を切に願うものなり。
精神世界の旅を20代後半からずっと続けてきた。多くの本を読んだ。テープもよく聴いた。講演会もあちこち出かけた。
そして何も変化してない己を確認している。
心の底から言葉でない本質がでてくるREBENNを! 乾杯!」11:18PM・・・・・

  6月27日(金)大町の中島夫妻来。6度もスリランカ行ってるのにその本心は解らないという。理想はタイランドと。
昨夜から「参禅記一巻目」再読す。
火曜日に老師からOKの返事を戴いたら急に恐れめいたものを感じる。弱気になってしまった。
今朝3:20分目覚め、40分ばかり坐禅を組む。気が散ってしようがない。只一呼吸ができない。
煙草をすったり、ラジオをつけたり坐禅どころでなし。
それでも4時過ぎ牛乳配達人の音。小鳥のさえずりなど聞いていると爽やかな気持ちになるから不思議だ。
庵住期構想研究会から7/16より7/18、正眼短期大学にて合宿形式で坐禅会ありと。しかも横山先生の講演つきなり。多いに魅力あり。20日21日斐高同総会なければ行くのだが?
金沢文学堂へ禅関係古書注文の葉書書く。
只今、朝5:24分。7/8(火)は京都リュウコ堂見本市。これは行かねばならぬ。

  7月2日(水)井上義衍老師の「牛頭法融禅師心銘」を読了す。希道師の参禅記を読んでいたので了解。とてもよく理解出来た。
  中村恵氏に依頼した柏樹社の本3冊着。
         1。 「自己・・・宗派でない宗教」内山興正 2060円
         2。 「心を磨く」        谷 耕月 1000円
         3。 「さて、死ぬか」      伊藤真愚 1800円

  7月3日(木)金沢文学堂より本着。無文老師、祖岳老師の本2冊のみはずれで残念。
         1。 「魔禅」    関牧翁  (春秋社) 1000円
         2。 「ようこそようこそ」清水公照(PHP) 500円
         3。 「この世に棲んで」 福島和人(法蔵館) 350円
         4。 「考える愉しさ」梅原猛対談集(新潮社) 500円
         5。 「栄女記」龍馬の姉  中野文枝(泰樹社)900円
6/20に借りた本返却。図書館行き。5冊借りる。
         1。 「回想 山本玄峰」  玉置弁吉編著(春秋社)
         2。 「禅の道」      大森曹玄  (誠信書房)
         3。 「柴山全慶」     紀野一義編 (春秋社)
         4。 「禅で生まれ変わる」 平田精耕  (立風書房)
         5。 「モモも禅を語る」  重松宗育  (筑摩書房)

  7月8日(火)京都リュウコドウ見本市行き。JRで瑳峨野へ。天龍寺。
偶然が二度重なってJ君に逢うことができた。4月に完成したばかりの僧堂へ。平田精耕管長の子息松厳寺副住職に会えたので声をかけたら親切に僧堂まで案内していただいた。副司寮で茶菓子の接待を受け、待つこと20分余。
J君の驚いた顔。昨日まで接心。特別の休暇2時間ばかりもらって天龍寺近辺を散策。渡月橋近くのしゃれたお店で涼をとる。ク-ラのよくきいた和風のこれぞ京都といったお茶屋さん。彼はアイスコ-ヒ-を、我はグリ-ンティを。
話の中心は少林窟道場の参禅のこと。楽しい一時だった。普通の観光客には滅多に見られぬ所を色々案内してもらった。旧い天龍僧堂は歴史の重みがあった。渡月橋まで見送ってもらい別れ。8/18よりの参禅報告を期待していますと。
寺町まで出て其中堂へ。禅画報のBN探したが見つからず。6:34新幹線で名古屋へ。10:01高山着。土砂降りの雨。

  7月12日(土)中村恵氏に礼状書く。加藤耕山老師の下での参禅体験の模様知りたいと。横山紘一氏に手紙下書き。「十牛図-自己発見の旅」読み出す。

  7月13日(日)英蔵より電話。禅について。「坐禅はこうするのだ」推挙。
自我を立ててみると世界は、争いの場であり、自我を無くして世界を眺めるとそこは、天国である。
井上義衍老師の堤唱再読。
今と云われるこの限られた存在そこに凡てのものが存在している。他に求めるところはない。
「一切の因果皆夢幻の如し」。
煩悩と云ったって、ごらんなさい、そんなもの何処にも存在していない、ただ思った時に存る。
ものの本源というものは今の他にはないのです。
よく飯田とう隠老師が云っておられましたが、今と云うけど「い」の時には「ま」は来ん。「ま」の時には「い」はすでに逃げておる。人の一切の見解、それがどんなに素晴しいものであっても、そんな物は役に立たんのです。
早い話が「オ-イ」と言えば、誰でもそのとうり「ズバッ」と、一辺に其の事で已におしまいです。(手をポンと打って)どうのこうのと詮議してみようがない。人間の見解を持ってどうのこうのする余地がないのです。何時でも自覚ができるのです。
過去とか未来とか現在とかいうけど、「過去」というのも今の念ですよ。「将来」というたって今の念でしょう。すべて今の念ですよ。
分別が邪魔をする。心、無心、仏、衆生といっても何もそういうものがあるわけじゃない。冷たい、暖かいといってもただ気候と一緒に必然の動きです。因縁生です。・・・
自分と環境というものは、ぶっ通しのもので、その間に隔たりも何もない。
その真相がそのままである事に気が付いたのです。
一切を手放して素裸になって、自分の全体を正直に放り出して六感に任せ切る。
耳で言えば、声が聞こえるのに、気に云った声、気にいらぬ声、そんな事に関係ないのです。
思いきって人の考え方、思い方などというものを手放してごらんなさい。
煩悩を無くそうとする。所がよくみると無くそうといってもどこにも無いのです。
今朝作務をしたでしょう。竹ほうきをもって庭をはいたり、草をとったり、いろいろ活動したに違いないのですが、今をご覧なさい。何をしたのかひとつも自分の上にはのこっておらんでしょう。影も形もないのです。
本来、過去も現在もない。
全てのものは変化しながら寸時も止まるところのないものです。
それが、物の本質。
だから、それに任せて行くと楽です。自我らしきものが、存しない。
人の問題だってごらんなさい。自分に直接関係のない事なら何ともない、自分のことになると問題が起きる。自分自身を問題にするからじゃ。
意と云うものは五感から入って来たそのものを只知る力、そこで只知るだけなら良いのですが、それを分別を始めるところに意識というものが災を起こすゆえんがあるんです。
妄想の根源は、第八識阿頼耶識。そういうものが有ると思い込んでおる。
それを皆ぶち殺すのが坐禅です。
自分の自性の無性なることにきづきなさい。
意識の中に自己のない真相が意識自体がはっきりと自覚をする。
この道具(体全体)と環境との一切の活動と云うのは、人の考えという様なものに関係なく最初から動いているんです。私共このもの(身体)の活動が、畳がある、敷居がある、柱があると、そのようなことを一々あげると皆違ったものの様に思える。一応ちがっているんです。違いながらなんのことかと言うたら皆これ(身体)の様子です。何も他のものの様子じゃないのです。

  7月14日(月)横山紘一著「十牛図・自己発見への旅」走り読み。昭和15年福岡産。東大印哲卒。立教大教授。唯識。所沢在住。魚の血の研究ハプトグロビン。自然科学から印度哲学へ。
「千里を行こうと欲すれば、一歩を初と為す」
「法句経・・・精進こそ不死の道、放逸こそは死の径なり」
三島由紀夫
立花隆「宇宙からの帰還」
ハイゼンベルグ不確定性の原理。
第8図人牛倶忘・・・空一円相(295頁)素粒子レベルにおいて、ものの存在を考えた時、個としてのものというものはない。素粒子はあるきまった位置に確実に存在するのではなく、唯「存在する傾向」をもっている、即ち存在する確率をもっているにすぎない。
ブ-ツストラップ・モデル理論「宇宙は相互に関係しあった出来事のダイナミックな織物であり、いかなる粒子も他のすべての粒子より構成されている。」浪と海の関係。
賢治の雨ニモマケズ。

  7月15日(火)重松宗育「モモも禅を語る」読了。易しい言葉で禅を語る。随所に卓見あり。
「惚れて通えば千里も一里広い田んぼも一またぎ」
人生を終える時、「生きてよかった!」と思って死んでゆきたいのです。
聖徳太子は「唯仏是心」と言った。禅の目標は、自我の牢獄から抜け出すこと。
「モモ」の道路掃除夫のベッポ・・・「一歩=一呼吸=一掃き」。
道路全体のことを考えずに目の前の「一歩」「一呼吸」「一掃き」に意識を集中。
「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひと掃きのことだけかんがえるんだ」
物と心の関係は、反比例。物質的に貧しい方が心豊になれる。
ワ-ズワ-ス「Plain Living, High Thinking」暮しはつつましく、思いは高く。
真実に生きたいと願うなら、生活をできるだけ簡素に、単純明快にする。
「一心」に読書している時は、本に「夢中」。「夢中」つまり夢の中ですから日頃の自我意識や分別はどこかにいっている。だから「無我」です。「無我夢中」です。「無我」なら「無心」です。
「見るままにまた心なき身にしあれば己なりけり天上の星」
「水は流れて元の海に入り、月落ちて天を離れず」水や月は現象、海や天は本質。
「自我」と「無我」の関係でもある。
「無我」の主体性を「主人公」と。
禅の最大の関心事は、「いま」「ここ」にいる「主人公」がめざめているかどうか?
「何をくよくよ川端柳水の流れを見て暮す」
本当に短い人生です。余計なものは捨て、肩の力を抜いて人生を楽しもう。
「いい」小学校「いい」高校「いい」大学「いい」会社「いい」収入という幻想。世の中の何もかも、せわしなく変化し、忙しい忙しい、忙しがって、一体人は、何を求めて生きているのか?
「いくたびか思い定めて変わるらん頼むまじきは心なりけり」
誰もが、平等に、生を与えられ人生の時間をあたえられます。しかしそれを、どのように使ったかで個人差がでる。その結果が、老後に語る言葉になる。人生の成績簿をつきつけられる。
「教外別伝、不立文字、直指人心、見性成仏」
      お経を読んでも つかめはせぬぞ
      言葉で言っても 書いてもだめだ
      ほんとの自分を しっかりつかめ
      それができたら みな仏
「惚れて通えば千里も一里広い田んぼも一またぎ」
「惚れて通えば千里も一里逢わで帰ればまた千里」心の働き

 小泉信三「海軍主計大尉小泉信吉」(67頁)文春文庫
「君の出征に臨んで言って置く。吾われ両親は、完全に君に満足し、君をわが子とすることを何よりの誇りとしている。僕は若し生まれ替って妻を選べといわれたら、幾度でも君のお母様を選ぶ。同様に、若しもわが子を選ぶということが出来るものなら、吾われ二人は必ず君を選ぶ。」
すべてに神の定めた「時」がある。
「時節因縁」「千載一遇」「そったく同時」
  横山紘一先生にお電話入れる。所沢の自宅へ。奥様が岐阜の正眼寺の電話教えて下さる。性相学辞典刊行の寄付申し出る。
夜9:30過ぎ、千葉の高田居士へ電話。少林窟体験お聞きする。
昨年4月の体験にあらず。平成元年の話とか。中心が定まっているので充実感があると。暇で暇で仕方がないということはないと。体験しないと解らない世界。老師を信頼して只管やりきること。早い人で2、3日、遅い人でも5、6日で突破出来る。煙草は吸えると。費用は勿論かかると。
印象的だったのは誰からも強制されたのでなく自分が明確な目的を持って臨んだということ。
電話してよかった。

  7月16日(水)図書館行き。
      1。「禅と念仏」(山田無文/大原性実)潮文社
      2。「アリス、禅を語る」(重松宗育)筑摩書房
      3。「日本の伝統 禅の生活」(江湖道場円福寺)淡光社
 中村恵氏から礼状の葉書来る。山頭火の一人で飛んでる赤とんぼ。
昼打保来る。「ボガ」でコ-ヒ-。忙しい忙しいと言うので忙しいというのは心が亡いことだとたれる。

  7月17日(木)雨。朝4:30起床。30分坐禅を組むも一呼吸わからず。
京都其中堂へ本2冊注文。山本玄峰老師「無門関堤唱」、水上勉の「破挨」。
打保と中野一閑張倒産商品見に行く。結局斐太工芸の伊藤が引き取る。同窓会前にして荒垣、花岡、村田らと連絡とる。少林窟入山まで1カ月。

  7月19日(土)突如、花岡ひいらぎ堂へ来る。同総会出席。名古屋の村田も出席。「ボガ」で打保、花岡3人で談笑。
水上勉の「破挨(雪門玄松の生涯)」読み出す。
明治の禅僧。富山国泰寺の管長。若き日の西田幾多郎、鈴木大拙らがその下に。謎の生涯。奇怪な還俗の後、若狭の孤村で乞食僧として没す。

  7月20日(日)18とんぼ会岐阜同総会。打保の車で若田宅へ荷物運び。濃飛バスで約30人。1:00出発。萩原、岡田、牛丸、梅村、三須、若田、小原、打保、野宮。ビ-ル、酒、ウイスキ-でころころ酔って岐阜グランドホテル着。初めての参加者多し。中島、橋本、白川、笠野、山下郷志、奥田ら。大いに飲み、大いに語る。32年の星霜もあっという間に解消。3時過ぎ就寝。

  7月21日(月)長浜ツア-に行く皆を見送る。笠野の車で名古屋栄まで。荒垣、山下と別れ丸善でふくろう展へ。「呼吸のくふう」(辻そう明)春秋社購入。丸栄スカイルで古書展を覗き大和民芸店にいく。ふくろう何点か仕入れる。2:40分の特急で5:00に帰。疲労感。笠野に電話する。早々と床に就く。

  7月22日(火)営業。昼打保と「バンドスカレ-」でコ-ヒ-。同総会の感想あれこれ。15万も使ったと。きょうはうって変わって暇。ぼけ-と無為に過ごしてしまった。パシフイック企業へ返品の荷発送。5:00閉店。亜沙子、夕方6:40分学校キヤンプへ。

  7月23日(水)店休みどこかへ小旅行。信州松本へ。商店街は休みだった。
「禅のすすめ」(佐藤幸司)「賢治の学校」(鳥山敏子)古書店で。
百趣でひぐらし経由のふくろう見てくる。野麦峠はいいところだった。

  7月25日(金)水上勉「破挨」読了。破れるわらじ。雪門玄松師。SOMETHING ELSE を感ず。
坐禅全く出来ない。少林窟行き躊躇している自分がいる。

  7月26日(土)坐禅出来ず。8月の塾の大幅休み、一人で順子に店を任す責任、年老いた父母など。井上希道師の顔。50過ぎの賀数居士が思い出される。

  7月27日(日)「禅のすすめ」読了。

  7月28日(月)「禅と念仏」(山田無文/大原性実)読了。禅を観念的に捉える。

  7月29日(火)店休む。富山ドライブ。国府四十八滝、越中八尾まこと屋と桂樹社。アピタ行き。
古書展でまたぞろ禅関係書買い込む。収穫あり。
塾の合間に読んだ府川功一の「そして今日から」素晴しい。井上参禅記とだぶるもの多々あり。
思考を消滅させよ。
CHOPIN のピアノ曲ききながらMACにむかう。
また気分が少林窟参禅に向かう。楽に楽に。ワクワク気分で参禅を!
一期一会。50才前の最高の出会い。

  7月30日(水)京都の千真工芸より「禅画報」BNくる。
        第10号 陰徳の禅者 高木龍淵(1989.冬)
        第14号       竹田益州(1990.冬)
        第15号 曹源の一滴 由理滴水(1991.春)
図書館行き。3冊返却。3冊新に借りる。
        1。「大拙と幾多郎」森 清(朝日選書)
        2。「足の裏で歩け」松野宗純(PHP)
        3。「対談 新大乗」秋月龍民(鈴木出版)
昨日富山アピタで買ったもの
        1。「別冊太陽 禅」S.55.6.25 (平凡社)
        2。「別冊太陽 名僧百人古寺名刹百選」S.51.6.25(平凡社)
        3。「人生は雨の日の托鉢」松野宗純1991.6.28(PHP)
        4。「捨てなければ得られない」石川洋1985.7.10(三笠文庫)
        5。「不惜身命」奈良本辰也1985.12.15(徳間文庫)
        6。「明治維新奇人伝」鈴木明1993.10.1(けい文社文庫)
        7。「少年H」(上下)妹尾河童1997.1.17(講談社)
        8。「隣りの女」つげ義春 平5.8.25(日本文芸社)
        9。「ヨシボーの犯罪」つげ義春1992.2.10(小学館)

  7月31日(木)朝6:00起床。「別冊 太陽」に豊橋・全久院の記事有り。ここは井上希道老師の修行時代の寺院である。ここに小僧として十年間安居。
全久院(曹洞宗)豊橋市東郷町177。永正十一(1514年)仁連木城主戸田憲光の創立、克補契ぎが歓請開山。重文に道元筆「正法眼蔵山水経」「羅漢供養文」、えじょう筆「正法眼蔵十方」「宝慶記」などがある。
今週NHKの昼プレ、鎌倉の海蔵寺、建長寺僧堂が紹介された。

  8月1日(金)曙町10班の都竹さん奥さん逝く。合掌。
雪の日、何度か顔をあわせた事がある。娘さんも息子も良い子達である。50才の若さ。無常感にとらわれる。
「足の裏で歩け」「人生は雨の日の托鉢」金沢大乗寺の松野宗純師の本2冊読了。
         生死事大
         無常迅速
         各宣醒覚
         慎勿放逸
「随聞記」三ノ十三「古人云わく朝に道を聞かば夕に死すとも可なり」
松野宗純。昭和3年生まれ。陸士61期。エッソ石油副社長。昭和61年得度。金沢大乗寺で修行中。師は板橋興宗老師。その師は井上義衍老師。これもまた不思議な縁なり。定年からの静かなる挑戦。
今日から10日まで商店街は売り出しに入る。夜9時までの営業。塾も時間変更。18日の少林窟入山まで一日一日大切に。

  8月2日(土)朝3:00起床。MACに向かう。4:00より坐禅。一呼吸に集中。
午後1:30善応寺参禅会に参加。6人の内男2人。立派な禅堂。中井藤岳師。1時間坐禅。他者の視線を感じて集中出来ず。数息観。吐く息を長く。真向法で体をほぐし座敷で法話。甘いお菓子とお茶。庭の緑がとても新鮮。大乗寺の後堂で月に何回か金沢に行かれると。朝いつでも坐禅にきてよいとか。中村恵氏から「渓声」誌送ってくる。

  8月3日(日)朝10:00前、円竜寺都竹さんの告別式。真言宗の葬式。北原国分寺住職の堂々とした読経の声に目をみはる。
少林窟入山まで2週間となる。「参禅記」再読。

  8月4日(月)ひいらぎ堂8月に入って売り上げ芳ばしからず。英蔵に電話。少林窟のホームペイジの印刷依頼す。夜半雨激しく降る。

  8月5日(火)雨。義衍師の堤唱再読。
読書体験はどうしても分別が働く。文字の背後を認識対象とするからああでもない、こうでもないと考えてしまう。只読むという事は不可能なり。
しかし本を読まないと不安である。

  8月6日(水)安川商店街売り出し始まる。

  8月7日(木)安川商店街売り出し。夜6:30分から当番だんご焼。今朝古嶋氏来、午後打保来。それぞれ永平寺の話が出てびっくり。一日から六日まで全く冴えず。しかし今日はその鬱憤をはらすかのように売り上げ増大。悲しいニユース。アップル社マイクロソフト社に吸収合併の噂。前々からその噂あったが現実となる。安川のあとふきで平田氏、三川君、山形君、小瀬徳君、下萩君などと歓談。11:30帰宅。
あと10日で入山。明日から早起きして善応寺参禅したし。
自我を立てて人を見る限りその様相は、地獄なり。

  8月9日(土)世界陸上のマラソン女子を見る。鈴木博美優勝。安部は惨敗。4位に入った飛瀬21才のキャラクター愛すべし。

  8月10日(日)朝6時起床。亜沙子と日枝神社へスケッチに行く。昼から桂川へ散髪行き。

  8月11日(月)入山一週間前。切符など準備すべし。お盆を前にして猛烈に人出多し。
ともすれば決意鈍りがちとなるも大いなる菩堤心を持って入山すべし。期待も不安も持たずに淡々としていくこと。

  8月12日(火)お盆商戦始まるも今一。5:30閉店後雨。アリスのふくろう品検品。駅までバイクを飛ばし切符購入。計16、080円。
      乗車券(高山~忠海)9560円
      特急券(高山~名古屋)1400円:ひだ2号3号車4番A席
      新幹線指定券(名古屋~新大阪):ひかり207号15号車5番E席
      新幹線指定券(新大阪~三原):こだま377号4号車15番E席
帰宅してBeer飲んでいたら山越美英より電話あり。飲もうとのお誘い。隣で佳奈と亜沙子、兄夫婦と花火。そのあと歓談。10:10分まで。今日も熱帯夜。

  8月13日(水)打保来。辻田典子の息子の就職の件。公的介護法の資料もらう。朝上町墓参。亜沙子は居残る。小瀬君来。MACのプロ。富山山田村の帰り。

  8月14日(木)皆で墓参。車椅子を車に積み込んで8人で。墓の周辺は整備されていた。皆で仏壇に参りお茶を飲む。8時店へ。車大渋滞。塾も今日で終える。

  8月15日(金)8時店へ。今日も大混雑。小瀬君来。少林窟の E-mail の PRINT OUT 依頼。
  「何故 参禅するのか?」
  「真実の自己を見つめ、永遠なる生命を求めるために」
  「それなら、高山にも禅寺があるではないか?」
  「芸州忠海・少林窟道場の井上希道老師こそ長年小生が求めた師なり」
  「その根拠は如何に?」
  「『参禅記』を読み感動したこと。飯田とう穏老師、井上義衍老師との接点あり」
  「一週間も店と塾をほっぽりだしていいのか?」
  「たかが知れた人生だ。世間で求められる平安なんて死の前には何の支えにもならぬ。
本当に納得出来る安らぎの法を求めて真実に生きることは最も意義のあることだ」
  「真実の自己とは何か?」
  「見たり聞いたり笑ったり泣いたりする、この自分というやつは一体何者か?
様々な本能、習性、思慮、分別、雑念といったもので一杯な自分とは何者か?
それらは、煩悩、妄想、無明というもので真実の自己ではない。雲の如く、霧の如く湧き出て、常に真実の自己をくらますものだ。
坐禅をすることによって、本来無一物、何もないところに真実の自己を発見するのだ。」
  「そこまで理解できていれば参禅の意味はないではないか?」
  「如何に読書を積み、理解しえてもそれらは所詮分別にすぎぬ。単に念想観に過ぎぬ。一度自分の外にでなければ分かるものでない」
  「どこかで聞いたせりふだな。おまえは昔、高橋信次さん、知花敏彦さん、シャーリィマクレーン、「なまけものの悟りかた」、山川紘也さん、山田征さん、美内すずえさん、でこちゃん、足立育郎さん、シルバーバーチ、エドガーケーシー、シュタイナー、クリシュナムルティ、バシャール、サイババにいれこんでた時も同じことを言ってたぜ?」
  「そのとうりだ。精神世界の海をずっと泳いで来たよ。
しかし所詮知識と観念でとらえている限り自分は何も変わっちゃいないさ。
器は変わらないのに、食べ物をいくら変えてもね・・・。
親父の痴呆。J君。かれらが小生に禅を与えてくれた」
  「一週間なんて随分即席じゃないか? 禅僧は何年も修行し、それでも見性できないではないか?」
  「そこが違うんだ。希道老師というのは革命的禅僧だ。どこかしこに転がっている禅僧ではない。雑念を退ける肝心な急所、着眼をずばり指導される。修行のスタート地点に立たせてくれる人だ。そこにたどり着くまで皆何年も苦労しているのだ。」
  「なるほど。しかし一週間後、元のもくあみになるのではないか?」
  「そのとうりだ。本当は3カ月ほど指導してもらえばいいのだが。問題は修行後の工夫と決意だ。」

  8月16日(土)お盆商戦のピーク。目標額を軽くクリアー。明後日出発。準備始める。金沢のやまびこ書房より古書がくる。
      1。朝比奈宗源「仏心」 春秋社 S.34.4.20発行
      2。松野宗純「こころの坐禅堂」PHP 1992.7.31発行
      3。老荘的風雲児坂本龍馬ノ風格ト面目 戦前発行 作者不明
6:30店しまって帰宅。風呂。Beer。夕食はうな丼にフランクフルトソーセージ、蟹ときゅうりの酢あえ。明日兄ら帰えるので花火とお茶。岩田さん(ヘルパーさん)は美和子と同級生とか。

   「少林窟参禅2日前の今の心境は如何に?」
   「世の人は吾を何とも言はば言へ吾がなすことは吾のみぞ知る」
   「何処かできいた歌ですね?」
   「そう! これぞ龍馬の土佐脱藩の歌」
   「龍馬と禅って関係あるのですか?」
   「直接はないけど彼は一時号として自然堂(じねんどう)という名を使っていた。山岡鉄舟の存在も無視はしていなかったろうけど」
   「何を期待していますか?」
   「禁煙と過食これは多分なおる。他は全く未知の世界だから流れに身を任すしかない。読書体験はすっかり忘れて老師の言うことを忠実に実行したい。」
   「順調にいけば24日(日)に帰れるはず。そのとき見る風景が楽しみですね?」
   「いやーあ。2、3日で泣きながらの脱落ということになるかも?」
   「そうしたらかなり落ち込むね。回復不能・・・」
   「いや。小生は明確な目的を持って参禅するつもりだ。いい加減な気持ちである筈がない。
昭和55年浜松の竜泉寺・義衍老師の「ポン」という手を叩く音、あの意味が今了解しつつある。
『座禅はこうするのだ』という書に出会えて本当に良かった。しかもあの老師の下で参禅できるという最高のチャンスに恵まれて幸せだ。
父母、順子、J君、英蔵ら皆に感謝したい。塾生諸君すべてにもだ。
一点突破、全面展開だ。
とにかく、どこへ行っても「今、ここにしかいない」過去も未来もない。あるのは常に今だ。今しかない。
ここまで小生を生かしてくれた、導いてくれた全ての人、物、関係に熱き連帯と感謝の挨拶を送りたい」(PM11:18)

  8月17日(日)朝7:15起床。いよいよ明日出発。旅の準備。下着。虫さされ。スキンガード。土産。ノート。筆記具。切符。洗面用具。現金。持参する本5冊。
       1。 井上希道 「坐禅はこうするのだ」地湧社
       2。 井上義衍老師堤唱 「牛頭法融禅師心銘」
       3。 「禅画報」飯田とう隠老師特集
       4。 原田祖岳老師 「白隠禅師坐禅讃講話」

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  8月24日(日)夜9:58。ある種の感慨を持ってMACに向かう。
とにかく無事帰り着いた。しかしもう少林窟の体験は色褪せている。
『今』がない。『今』が消えてしまった。
今日、午前10:40ひだ5号にて英蔵と帰。車中夢中になって参禅体験を披露。言葉での説明には隔たりがある。
6時まで店。夕食後、隣で3人で話す。

  8月25日(月)少林窟へ新鮮野菜とメロン送る。希道老師に地酒「鬼殺し」2本沖田から直送してもらう。
隣の皿、茶碗など洗い物かたずけ。

  8月26日(火)英蔵来。MAC、龍馬、明治天皇一代記、大山捨松。図書館行き。
         1。家庭画報6月号「アニマルコレクタ」
         2。「立原正秋追悼」(白川正芳編)
         3。「鹿鳴館の貴婦人 大山捨松」久野明子
         4。「耐える」(梶浦逸外)
         5。「人生正午の鐘が鳴る」(鈴木忠雄)徳間 1995.11.30

  8月27日(水)広島・永岡淳氏より『参禅記』上・下2冊10組送本くださる。
手紙下書きしていたら、夕方6:00過ぎ、希道老師から電話あり。野菜とお酒のお礼いわれる。
「たった一週間位の坐禅でいい気になるな!」
「坐禅をした、善いことをしたなどと思ったら大間違いだ!」
「する前とした後の落差を考えよ」
「地獄にいる君をせせら笑いながら鬼ころしを飲む」と。
全てを見透かすかのようなお電話であった。合掌。

  8月28日(木)広島・永岡氏へ「禅画報」(飯田とう隠老師)一冊
          京都・J君へ「参禅記」2冊
          東京・矢本君へ「参禅記」2冊「禅画報」1冊
          東京・中村恵氏へ「参禅記」2冊
          東京・英蔵へ「参禅記」2冊 誕生プレゼント

  8月29日(金)朝、坐禅。「今」を見失うことなく。
「        」を読んでいたら小浜・発心寺の道育さんが出てくる。これも偶然ではない。

  8月30日(土)少林窟の観硯さんから礼状くる。とうもろこしペロリと。
もう一週間が経過した。
あの感動(何と陳腐な言葉か!)は、何処に。
英蔵と会ってワイドビューの車中で夢中にしゃべっているうちに消失してしまった。
残ったのは参禅してきたという経験だけだ。それが鼻もちならぬ。
老師の言った通りだ。幽雪師が「上っ調子でないか?」と指摘した通りだ。
「今」を意識する事。「今」を絶えず離さないこと。
火種が消えつつある。風前の灯火だ。

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   回想。

 平成9年8月18日。朝6:50分、少林窟へ電話いれる。「只今から出発します」と。
13:06分、三原着。2回目の電話。
13:45分、少林窟着。扉は閉められたまま。女の人(後で観硯さんと知る)に迎えられる。滝のような汗。先客一人。東京のY君。30分の先輩。
到着帳記帳。着物と袴、着用。着方解らず苦労。

2:00過ぎ老師と相見。Y君はさっと、お布施をだす。
「こんなに暑いところへ、よく来てくれた。多分二人の前世は良くなかったのでは?」と気持ちをほぐしてくださる。玉露を戴く。法話をされたがもう記憶なし。

3:00、禅堂へ。さっぱりわからぬまま坐禅。
雑念に遊ぶ。一呼吸がわからない。
老師の顔、本と違うなあ。深呼吸とため息。とうとう来てしまった。来たことに意義があるなどと勝手に思い込む。
経行しながら相棒をチラリ。かなりの強者ぞ。

6:30、拍子木の音、薬石の合図。
10分の一の速度で歩く。食べるのも同様で速度が気になって味わう余猶なし。
自己紹介。相棒は朝カルの坐禅で5年間も座ってきたと。インターネット Home Page で少林窟を知ったとソツなく話す。
自分は、高山で数学の塾をしている事。教え子が天龍僧堂の雲水で、彼から老師の本を薦められた事。昭和55年に浜松竜泉寺で参禅したと。義衍老師遷化される前に。その後法話あり。

7:30から10:00まで禅堂。動中の工夫。静中の工夫。疲労しないように強調される。坐禅の形はしてるものの雑念で一杯。
扇風器の音。虫の様々な声。

 8月19日(火)二日目。4:50分起床。5:00禅堂へ。
「野宮さん、頭も心も体も死んでいる。坐禅になっていない」と叱咤。
体をひねると雑念が切れる事、実感す。

7:30朝食。納豆、ご飯、かぼちゃの味噌汁。法話。
「目的意識の明確化」と「その持続」。
人類が両足歩行となって冷戦時代になるまでの歴史。面白い。
寝不足気味だったので1時間ほど横になる。散歩して煙草一本吸う。禅堂へ。
体自体が調子よい。全山蝉しぐれも気にならず。
視線をどこに置くかで雑念の在り方も違って来る。経行すると雑念はうんと少ない。少し坐禅が分かりかけた気がする。

12:00昼食。そば。めんつゆが美味。音をたてて食べれるのがうれしい。朝も昼も4人。(老師、幽雪師、Y君、野宮)。法話。
禅堂へ。1:00から3:00まで。食後すぐに坐るのは問題あり。睡魔が襲う。窓の外の緑葉がふくろうに見える。即、ひいらぎ堂へ、順子へ、亜沙子へと雑念があちこちに飛ぶ。千変万化。体をひねっても消えない雑念。経行。足は袴で隠れているので極端に言えばどんな格好でもいいから痛みはない。

雑念か妄想か、止めなく溢れてやまぬ不思議さ。気がつくと只ボーッとしている自分。呼吸に意識しても一時のことだけ。知らず知らず雑念の世界に埋没。Y君さすがに姿勢も善いし体をよく捻っている。もし自分一人だったらこんなに取り組んでいるか疑問。

3:00食堂でコーヒー、麦茶、お菓子。二人で。雑談、御法度だがつい喋りたい衝動。今朝散歩した所へ二人で行き雑談。MAC、インターネットなど他愛ない話。
禅堂へ帰ろうとしたら幽雪師に見つかり「こらあーー足元がぬけてるぞー」と一喝。「罰は禅堂でだー」その声に緊張してしまう。
4:00から7:30まで禅堂へ。警策で一撃を食うと覚悟して坐禅。そのことのみに囚われて一呼吸も出来ず。いかに謝るかを考える。トイレにいく途中食堂のぞくも真っ暗。疑心暗奇。思わずY君に「様子がおかしい」と言ってしまう。その後、薬石の合図。食堂に幽雪師一人。手をついて「先ほどは、少林窟参禅の目的を忘れ誠に失礼しました」とあやまる。「ああ、頑張って下さい」。3人で食事。ご飯、ピーマンの味噌あえ、味噌汁、プチトマト。

「野宮さん。あなた箸の動き早過ぎる。ゆっくり物と親しむように」と言われる。
その通り箸が動いて、プチトマトをつかむ。ゆっくり口へ運ぶ。舌と歯で感触を味わう。そして噛る。
その何ともいえぬ味。これは初体験なり。絶妙な味覚。デザートの梨も美味しい。幽雪師ポイントを指摘。20分だけの集中でよい。3時間も坐ってるのは雑念にあそんでいる。これを聞いて随分楽になった。

風呂にはいる。ただしかけ湯のみ。気分爽快。禅堂へ。
呼吸。ゆっくり吸って、ゆっくり吐く。これを何度も繰り返す。
意識しなくても呼吸はしているが、呼吸を意識して吸う吐くを繰り返していると人間の器官というものの精緻さがよくわかる。
坐禅イコール呼吸という事が氷解。老師は不在。観硯さん戻る。
9:45分、部屋に戻る。手帳にメモする。よく眠れた。

 8月20日(水)4:00起床。4:30に禅堂へ。
早い話、老師の言う通り一呼吸のみだ。
只管吸う吐くをゆっくり繰り返す。
老師「野宮さん腰の捻りが足らない」と。
何か解らないが Something Else を予感。自分でこれが手がかりだというものに突き当たる。

6:00勝運寺で朝課。坐禅から解放されて歩く。一歩一歩を踏みしめる。老師、幽雪師、観硯大姉、Y君、野宮。観音経、大悲心陀羅尼、参同契、歴代~大和尚、妙法蓮華経如来寿量品喝。少林窟仏間にて朝課。般若心経、菩堤心訓。その後法話。禅堂へ。
眼耳鼻舌身意が色声香味触法。ただ意だけが法にならない。そのための坐禅か? こんな事を考えるのも雑念か? 雑念の反対概念は何かと色々考える。分別が働き出すともう止まらない。
経行中は雑念が少ない。
意識をどこに置くのか?

朝食。五観之偈。生卵、ご飯。美味しい。
法話のあと「歩く時の意識をどこに置くか?」質問。
「ただ一歩に」と老師。
動中と静中の区別。
動きの中では意識は封じこめられている。逆に言えば坐禅中は意識活動が活性化している。雑念も意識下で吐き出してしまえる。雑念もすべて肺の中に吸い込んでしまえる。体を捻るのは疲労を防ぐために。こういうのは邪道なのか? 気分転換に布団を干す。

10:00一人でコーヒを飲む。煙草のみたい衝動。一呼吸と雑念を吐き出す繰り返し。

昼食。冷麦。ここへきて食事が楽しみである。こんなに味わって食べるのは初めての事。
古参の一人加わる。誰も紹介しない。ここでは世間的交際なぞ犬に食われよということか。

食事後「吐く息と同時に雑念も出してしまう」と。
老師「それがベストじゃ」

禅堂へ。急に展望が開け、楽な気分。坂本龍馬気分、慎太郎気分で坐禅に集中。Y君の存在無視できる。今までは背後に彼の視線を感じたが。

その途端また雑念。精神世界のあれこれを考えてしまう。
何故自分はここにいるのか? と考えてしまう。
店、塾、亜沙子、順子、父母と同級生。高校、大学とどんどんエスカレート。

全共闘時代。赤ヘル。逮捕。拘置所。裁判。とどまるところ知らず。
インド放浪、浜松・竜泉寺、横尾忠則、義衍老師、哲玄師、坐禅をしている自分。まるで映画を見ているかの様に。
高橋信次先生、シルバー・バーチ、シャーリーマクレイン、「なまけ者のさとり方」知花敏彦さん、山田征さん、美内すずえさん、DEKOちゃん、サイババ、足立育郎さん・・・これらはすべて雑念なり。
禅の世界を知った今年2月、J君の事。雲水姿で別れに来た光景。思わず涙腺が緩くなる。

3:00また一人でコーヒーをのむ。折角雑念の処理の方法解ったのについ気が緩んでいる。
風呂に入る。食事と同じく水にゆっくり親しむ。石鹸もゆっくり味わう。体に湯をかける。
禅堂へ。呼吸一筋。楽な呼吸できる。

7:30薬石。かぼちゃの味噌汁、ご飯、ピーマン炒め、野菜煮つけ、スイカ。
老師の質問に「お陰様で楽になりました」と。

8:00禅堂へ。しばらくして睡魔に襲われる。友松氏も坐る。幽雪師に警策いれられる。裂ぱくの気合い。「痛えー!」合掌。思わず合掌が出て我ながらびっくり。とても痛かったが目がさめた。全ての雑念胡散霧消。
9:30部屋へ。何かに興奮している。10時に戻ってきたY君と雑談。観硯大姉に注意される。

 8月21日(木)5:00禅堂へ。すっきり呼吸。雑念出ても逆らわない。体を捻って散らす。雑念もろとも吐き出す。楽になっている。確かに。

朝課。読経の唱和は気持ちが良い。声を出すこと、これも不思議な事である。幽雪師の野太い読経に感心す。
仏間で法話。
床の間に掛けられた義光老師揮毫の「独坐大雄峰」。6人。メモ帳にメモ。本当はこんな事しない方がいいのだが。禅堂へ。便秘気味だったが昨日から治る。今朝は普段通りの快便。

10:00一人でコーヒー。煙草禁煙できそうなり。
11:00観硯さんお茶いれてくださる。
「今」がわかりますか? と。点検されている。何気ない動作一つ一つで見透かされている感じ。
「呼吸は楽だし、雑念もはっきり切れます」と。
禅堂へ。老師のみならず幽雪師、観硯大姉のサポート大。自覚と感謝。

今朝の朝課の掛軸「独坐大雄峰」、いい言葉だ。
何回も反芻する。どこかで見た絶壁で瞑想している修行僧の絵。宇宙即我。

昼食。冷麦。麺つゆが美味しい。天かすがとても美味い。
食後の法話。「独坐大雄峰」が頭から離れないと言うと、老師いわく「一念に収まっている証拠でいい傾向だ」と。
「これは雑念ですか? 違いますか?」と言えなかった。一呼吸以外は無視しなさいと言われているから。

(編者注)老師の意:雑念が退けられるようになり、単調に成って来ると、ふとした事象に意識が捉えられて離れなくなることがある。だから、ここで「いい傾向だ」と言われた。それが「独坐大雄峰」だけなら、そればかりに成り切れば、その方法でも良い。これは公案禅のやり方。しかし、野宮居士の場合、ここで「独坐大雄峰」だけに収まり切っておらず、他の事象にまで念が展開していた。それは全く不可。雑念に過ぎない。
丸3日目だ。「今」が見えて来ない。参禅記をしっかり読み込んだのに全くといって役に立たない。

大きく吸う。大きく吐く。
その幅をだんだん小さくしていく。微分の極限の考え方と同じだ。
気がつけば普通の呼吸をしている。楽な呼吸。雑念はあっても気にならない。

昨日までは吸うと吐くの間に何かあるのかと考えていた。そこに「空」があると。
でも何かおかしい。
今自分のしている呼吸は普通の呼吸だ。意識してない呼吸だ。
ということは・・・!!!
参禅記が甦る。
だれかの記事にあったぞ?
これが無我の呼吸では?
過去も未来もあらゆる雑念も入ってない。
ああっ!
これかな?
「今」とは。
「瞬間の総体」か?
動悸はげしい。

3:00過ぎ老師に独参。
思ったこと吐露。
老師破顔一笑。玉露容れて下さる。
勝運寺から聞こえるピアノをさして
「音がひとつひとつ切れているじゃろう。わかるか?」とおっしゃる。

食堂で3時のお茶。Y君と幽雪師の会話。余裕をもって聞いていられる。幽雪師のほこ先がこちらへ「お陰さまでスタートラインに立たせて戴きました」。

禅堂へ。静かに坐る。たんたんと坐禅を組む。
確信を持つ。
「今」とは「無」である。
自覚できる。
静かな興奮を覚える。
体得しえた。合掌。5分ばかり合掌。

雑念が出てもあわてない。簡単に切れる。
静かな穏やかな呼吸。
蝉しぐれも連続音だが、ひとつひとつの音として切れている。

友松氏が「お風呂」知らせてくれる。感謝の気持ち一杯でかけ湯する。
水で興奮している顔を何度も洗う。出た後、即メモる。
禅堂へ。湯上がりの火照った体に扇風機が気持ちいい。このまま禅堂にずっといてもいいなあと思う。
薬石に秋刀魚が出た。美味。
何か笑いだしそうな自分を抑える。
皆に手をついてお礼を言いたい様な気分。Y君の顔をチラリ。幽雪師火曜日まで不在。「頑張って下さい」の挨拶にお礼を言う。

老師不在で夕食の後、片付け頼まれる。
やったぞ! 一点突破。
観硯さん「片付けるという意識でやらない様に」「常に今をお忘れない様に」
体を動かす行為。つい早くやってしまう癖というか習性から抜け出れない。
洗い物を運ぶ。洗剤をつけて洗う。水洗い。布巾で拭く。棚に収納する。
単純動作がとても楽しい。ここの動作も呼吸と同じ。食事と同じ。十分の一の速度でと頭でわかっていたが。早く早く。片付けよう、片付けよう、という癖で終わった。
しかし新鮮な感動があった。

禅堂へ。いろんな事あり過ぎてまた雑念に遊ぶ。でも一度体験したから大丈夫と言い聞かせ一呼吸。一呼吸。老師の事を考える。参禅記を読んで5、6発のビンタを覚悟していたが。お忙しいお体だから随時独参も無理かなと。
10:00部屋へ。熟睡した。

 8月22日(金)5:00禅堂へ。
ちょっと気をぬいている。「今」此処にいることのみを考えて集中。しかし散漫。形ばかりの坐禅だった。
朝課。5人。観硯さんの声も堂々としている。老師の教育問題談義。
朝食。納豆、漬物、味噌汁。昨夜に続いて後片付け。

その後、禅堂の掃除をおおせつかる。
掃除も坐禅と同じ。「今」を忘れる事なくと、観硯さん。
畳に掃除機をかけ、雑巾がけ。床の雑巾がけは体全体を使うので汗びっしょり。Y君黙々と畳ふき。

正面のガラスを磨いて、ふっと少林窟道場の入口を眺めた時、青空に貯立する青竹の緑の美しさに我を忘れてしまう。
理屈でも何でもない美があった!
参禅記に書いてあった事は本当だった。とても崇高な気分だった。
この景色だけでなく入口から見た少林窟全景が輝かしく写った。即、祖師のお墓に深々合掌低頭する。
禅堂の看板を眺めたら「選仏場」とあった。汗がきらきら光り体の全細胞が歓喜の涙。

11:00、お茶。3人。この経験は得難いもの。スイカの甘さが舌にとろける。この歯ごたえの心地よさ。
昼食のあと老師から寺のまわり経行すすめられる。

禅堂へ。もう気持ちが坐禅から離れている。
少しも落ち着けない。堕落。
墓の展望台へゆっくり歩く。瀬戸内海の島々を眺める。
でも今朝の掃除の時の様な感動は無い。もう無我になってないから。道路を走っている車を見るともういつもの日常感覚になっている。
あっという間に「今」を見失う。
禅堂へ。一呼吸に戻る。禅堂の方が落ち着く。

3:00、3人でお茶。観硯さんの「どうでした」に「とても楽です」と言ってしまい後悔。
それにしても人間というのは不思議で仕方ない。よくもまあ次から次へといろんな事が思いつくものだ。

禅堂へ。龍馬気分で気分一新。一呼吸邁進。調子良し。
観硯さん「お風呂どうぞ」さっと合掌。着物がかなり汗臭い。一週間の峠を越えたんだなと実感する。

薬石の合図。食堂に近づくといつもと違う。Beerとお酒、お魚、野菜の天ぷら。老師、永岡氏、友松氏、観硯さん、井上君。祝の宴が準備されびっくり。老師のお言葉聴いていたら胸が熱くなってしまった。皆で乾杯。
「今の心境は?」と聞かれ、つい「最高です」と言ってしまった。素朴な農村青年井上君はニコニコして魚をほおばる。この質問は予期してたのに残念。
お酒、広島の銘酒ちょっと甘いが体全体が即反応する。何を口にいれても美味い。永岡氏に6/7のお礼。楽しい一時であった。お酒ついだりつがれたりでお腹一杯。
10:30分、お開き。皆で後片付け。

真っ暗な夜景。お墓のある展望台へ。
Y君も来て、お互いの健闘をたたえあう。そこへ永岡氏も来て1:00くらいまで話し込む。煙草3本のむ。老師の事、書道の事、いろいろな有益なお話を伺った。昭和62年以来600人位が参禅しているとの事。関東特に東京人が多いと。臨済宗系も多いと。

 8月23日(土)放参の為、朝課無し。禅堂で最後の坐禅を組む。
いつでも雑念は切れるし、一呼吸もできる。
何より嬉しいのは雑念がでても気にならぬ事だ。
むしろ、消そう消そうと思うと余計に跳梁筏股するものということが解った。この気づきは良かった。
食堂で観硯さんにお昼前に下山すること。お世話になったお礼の事を伺う。ついでにのし袋までもらい恥ずかしい。布団を干し、洗濯。その間に部屋の掃除。玄関、廊下の拭き掃除。

体は常に動く事を要求している。ひとつひとつが名残惜しい。しかし、今後ここへは何回も訪れる事だろう。
老師にご挨拶に行く。慈愛のこもったお言葉を戴く。「解脱への道」を欲しいというと「これは記念だから」とプレゼントして下さった。『坐禅はこうするのだ』にサインを戴く。

        「明日ありと 思ふこころに
           ほだされて 今日もむなしく 過ごしぬるかな」

「君に絶好のプレゼントがある。高山もいいところが沢山あるじゃろうが、ここはもっとすごい所じゃ」
支度して外で待つように言われる。禅堂にいるY君に挨拶。布団と洗濯ものの取り込みをお願いする。Y君も一緒に行く事になり老師の車に乗り込む。観硯さんに見送られる。もっとゆっくりご挨拶したかったのが悔やまれる。
老師「心で見てはいけませんよ。只見なさい」
車の運転はかなり荒っぽい。飛び行く風景。後で知ったが白滝山だった。
お寺(竜泉寺)に立ち寄る。外人雲水さん紹介される。道育さん。背後の山に上る。頂上付近の山肌に磨崖仏あり。室町頃のものだと。
頂上に着く。瀬戸内海の島々が全貌に開け感嘆の声!

快晴の蒼空。やや風あり。写真を撮る。Beerで乾杯。
「この自然に! そして君等の菩堤心に乾杯!」「あれが瀬戸田」「長光寺は今でもありますか?」そこから浜松・竜泉寺のお話。「老師は貫道さんにそっくりだ」と。全久院、愛大時代のエピソード、シドニー講演のお話、海外普及の話、鈴木大拙さんの話、家庭教育。

そこへ先程の道育さんがみえる。ここへ来る前は小浜・発心寺にいたと。浜松でご一緒した小村良寛さん、粕谷道稔さんの消息を知った。
何たる機縁か! このお寺も竜泉寺! 高山ー忠海ー小浜ー浜松という点が意味を持って直線に変換された! 法縁なり! 義衍老師、義光老師の計らいに違いない。単なる偶然と思いたくない。

下山して竜泉寺で一休み。インターネットの調子悪いのでY君調べる。流石プロ。モデムに原因ありと。再会を期してお別れ。老師の車で忠海駅まで送って戴く。途中友松氏の乗った車に出会う。運転者は高田氏、後部にいた方は角田大姉と。12:18分に間にあった。最後のお別れ。

合掌して電車が動くまで立って見送って下さった。
胸にジーンとこみあげるものあり。三原に着くまで「今」を放テキ。老師の魅力にまいってしまった。
新幹線こだま、三原を離れると涙が溢れてくる。人が居なかったら本当に泣いただろう。

四角に区切られた風景が涙にかすみ飛んで行く。
この参禅体験は序章の第一頁だ。
今朝からの出来事をメモする。
朝課の老師。
食事の老師。
昨晩の宴の老師。
白滝山の老師。
車を運転する老師。
駅で合掌されている老師。
皆それぞれ違った印象あり。不思議な魅力。
芸州忠海に井上希道師あり。無名にして有名。革命的禅僧なりし・・・
我再度この門を叩かん。

新大阪で乗り換え下車。家に電話する。順子の声。存りとあらゆる色彩、音、光、轟音、巨大な人間の渦。めまい。ふとインドのカルカッタ・ハウラー駅を想起す。
「18日にJくんが訪ねて来たわよ」と。少林窟入山の日。それでは天龍僧堂まで行こうと思いきや体が休息を欲している。そのまま名古屋直行。サンルートはどこも満杯。駅前のホテルに投宿。風呂。瞑想。面壁一時間。一呼吸。波立つ心がもう治まらない。

土曜の夕方でどこへ行っても混雑している。同級生の笠野、良輔、荒垣や堀内氏の顔が浮かぶが断念する。会って酒飲んで坐禅をしてきた事を得意気に喋っている自分が目に浮かんでしまった。早々床に就く。井上大智老尼「三十余年の病床生活と禅の力」を読む。英蔵と順子。少林窟へお電話。老師不在。そういえば5時から宴会と言ってみえた。観硯さんにお礼。テープの依頼。本の読み方を伺う。なかなか寝付けなかった。

 8月24日(日)快晴
名古屋。新名ホテル。6時頃目覚める。風呂。面壁25分。雑念が出ても取り合わない。TVで比叡山延暦寺を見た。石原慎太郎父子。
9時チェックアウト。駅周辺でお土産。

只見る。只聞く。これがとてつもなく困難。
癖、習性は余程の努力でないと治らない。時間を持て余す。ぼ~っとしていると余計な事を考えてしまう。行動すると其の事に成りきるので自我や我見は少くないと。少林窟の体験でよく解る。

10:00に11番線のホームあがる。夏休みの駅の風景。家族連れが目立つ。煙草を吸う。弁当を買い込む。ホームで並んでいたら英蔵来る。随分久しぶりな気がした。
「どうだった?」
「ああ。行ってよかったぞ」

ワイドビューに乗り込み席に腰をおろす。説明できる否説明しようとすると何かが欠落していく。快晴で蒸し暑い。高山線のいつも見慣れた風景だが今日は緑がまぶしい。夢中で話しこんでいたらあっという間に高山着。

12:40分。タクシーで店まで。ひいらぎ堂へ。亜沙子の顔が随分違って見える。髪を短くした所為だけではない。たった一週間なのに塾の部屋も店の商品も新鮮に見える。
18日にJ君が霊雲院の団扇を土産に来たこと。萱垣君がアイオワ州ホームステイの旅から帰り土産を持って来たこと。20、21日立山の旅の事。小瀬君の電話 etc.・・・。着替えをして顔を洗う。3時に順子ら帰宅。5時まで営業。

少林窟下山が嘘のようであった。店でじっとしていると全ては幻の様に思えてしまう。迎えに来てもらいわが家へ。風呂。Beer。夕食。格別な味・・・
食後隣へ行き母と英蔵と歓談。

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  8月31日(日)快晴。秋風。欠野アズ紗さん「悟りへの道をつっ走る」読了す。変革の時代に生きる現代人必たいの書(たま出版)とある。笑ってはいけない。「明日ありと・・・」の歌が書かれていた。

  9月1日(月)快晴。むし暑い。昨日今日と朝坐禅。少林窟みたいにいかない。喫煙は元に戻った。過食気味も変わらぬ。元のもくあみ。英蔵より電話あり「参禅記」2冊着いたと。読みやすく面白いといわく。深夜1:36分までワープロ。

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